森絵都さんの長編小説『この女』を読んだ。森さんの小説は大好きで、短編小説があまり好きではなかった僕が短編小説を好きになるきっかけとなった作家さんだ。なので森さんの短編小説ばっかり読んでいたんだけど、ひさしぶりに長編小説を読んでみた。そしてやっぱり森さんの書く小説はすごかった。
あらすじを簡単に言うと、
舞台は大阪の釜ヶ崎。主人公は25歳の青年。釜ヶ崎というのはスラム街的な場所で、ホームレス同然のおっちゃんたちが毎日その日を生きるために肉体労働に従事する貧困の街。主人公の甲坂礼司はそこで6年前からおっちゃんたちにまみれながら暮らしている。
礼司は昔は小説家になりたい、と思っていた。そんな礼司にあるバイトの話が舞い込んでくる。大阪でホテルを展開している会社の社長が「妻を主人公にした小説」を書いてほしい、というのだ。報酬は300万。前金としてさっそく100万円を手渡される。あまりにおいしすぎる話に疑心暗鬼になるも、とりあえずその奥さんと会って取材をしようとするが、その女がなかなか手ごわくてー
という話。
感想をひとことで言うならば、「すごい」。とにかくすごい。普段なにを考えて生きていたらこんなアイディアが思いつくんだろう?と不思議だ。中盤あたりから一気にストーリーが動く。いままで見えなかった謎が見えてくる。「こういう展開になるのか」と圧倒される。
森さんの書く小説はいつもそうだが、「人間って、人生って、なんておもしろいんだ」と思わされる。非現実的な要素はなにもでてこない。アクションとかSFとかそういう空想の世界のものすごいことが起きるわけじゃない。そんな非現実的な世界よりも人間の価値観、人生のほうが何倍も奥深くて、おもしろい、ということを突きつけられるような、そんな小説だ。
この小説では社会的弱者が登場する。貧困のなかでその日を必死に生きる人たち。人に言えないなにかを抱えてる人たち。家族に愛されなかった人たち。みんなそれぞれコンプレックスや、弱いところを抱えながら生きている。過去にはいろんなドラマがあって、いろんな人生や価値観がある。そしてどんな人生も、どんな価値観も個性があっておもしろい、ということを感じさせてくれる小説だ。
一読の価値あり。
おすすめ度 ★★★★★